160年の歴史

2018

ブシュロンは創造と革新の160年を祝います。

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1858年

繊維業を営む一家に生まれたフレデリック・ブシュロンは、1858年、パリのラグジュアリーの中心地だったパレ・ロワイヤルのアーケードにあるギャラリー・ドゥ・ヴァロワに最初のブティックをオープン。
160年以上続く素晴らしい歴史はここから始まりました。

2017

ハイジュエリーコレクション「イヴェール アンペリアル ~壮麗なる冬の帝国~」を、ケリング本社であるライネックにて発表。
遥か北の広大な冬の大地を表現しました。

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彫金

ブシュロンは160年以上前から、ゴールドを扱うノウハウを駆使してきました。
ブシュロンは優れた彫金技術で知られ、職人の手による一つ一つの工程はジュエリーをさらに輝かせます。
セルパンボエム コレクションのスネークは、ハンマーと彫刻刀でゴールドを押し上げる加工により創り上げられます。
彫金師によるこの緻密な作業が、作品に命を吹き込むのです。

2016

ハイジュエリーコレクション「26 Vendome(ヴァンシス ヴァンドーム)」を発表。自然、クチュール、建築、というメゾンにとって重要な3つのテーマにオマージュを捧げた伝説的なコレクションに。

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ノセ邸

フレデリック・ブシュロンはその先見の明を早くから発揮しました。
1893年にはパレ・ロワイヤルのブティックをヴァンドーム広場26番地に移し、店舗を拡大することを決めたのです。
そこは、新しいオペラ・ガルニエ地区とチュイルリー公園、つまり裕福なブルジョワ層が気晴らしやショッピングに訪れる場所。ブシュロンの本店は華やかなラ・ぺ通りとジュール・アルドゥアン=マンサールが設計した美しい広場の角にあります。
ブシュロンは、グリーンの大理石で装飾し自身の名前をゴールドで記した、高く荘厳な入り口を造らせました。以来、ヴァンドーム広場はフランス流ジュエリーの中心地となっています。

2014

第26回アンティーク・ビエンナーレにハイジュエリーコレクション「レーヴ ダユール ~遥かな国の夢~」を出品。

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ウエディング ギフト

1913年、ブシュロンはエドモン・ドゥ・ロスチャイルド男爵夫妻からの依頼を受け、彼らの息子ジェームズが婚約者に贈るウエディング ギフトを制作しました。
男爵が所有していた12粒の大きなパールや80石のダイヤモンドを使用し、ネックレス、ティアラ、ヘッドバンド、ブローチからなる素晴らしいギフトを完成させたのです。

2013

ヴァンドーム広場26番地の本店サロンにて、現代美術家 杉本博司氏の作品展を開催。杉本氏の作品とハイジュエリーコレクション「オテル ドゥ ラ ルミエール ~光のメゾン~」、それぞれの光が美しく響きあいました。

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博覧会

1867年、フレデリック・ブシュロンは初めてのパリ万国博覧会で金賞を受賞します。これはその後の長い歴史と栄誉、国際的評価の始まりとなりました。
1878年のパリ万国博覧会に出品した作品は、その独創性で審査委員会の注目を集め、グランプリを受賞。そこにはアメリカの富豪マリー=ルイーズ・マッケイのために制作されたサファイヤのネックレスもありました。中央に159カラットのサファイアが飾られたネックレスです。
19世紀は最も豪華なジュエリーが制作された時期でしたが、ファッションやライフスタイルの面で女性たちには多くの制約があり、服を着るのも、髪を結うのも、ジュエリーを身に着けるのも、女中の手伝いを必要としていました。
そんな中、1879年、フレデリック・ブシュロンとブシュロンのアトリエ長だったポール・ルグランは、留め金のないネックレスを制作します。この女性を解放する画期的ともいえるネックレスは、1889年、パリ万国博覧会の審査委員たちの称賛の的となり、優れたジュエリーコレクションとしてグランプリを受賞しました。
1900年には、金銀細工の作品で金賞を、また革新的で優れたジュエリーとしてグランプリを受賞。
その後ブシュロンは、1931年植民地博覧会で最後のグランプリを受賞しました。

2013

ブシュロンはアジアに広がり続けます。
“Pearl of the Orient”の異名で知られる香港のペダー・ストリートとオーシャンターミナルの2ヶ所に新たにブティックをオープンしました。

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サロン シノワ

19世紀末、ヨーロッパを魅了したアジアの美術や文化に影響を受けたブシュロンのサロン「サロン シノワ」は、エキゾティックでラグジュアリーな価値観を物語り、メゾンの魅力を表現しています。
玉縁で仕切りを飾り、カーマインレッドの西洋の漆塗り「ヴェルニ マルタン」で覆れた部屋は、ヴァンドーム広場26番地のブティック内で極めてプライベートな雰囲気を醸し出しています。
芸術作品とも呼べるこのサロンは2つのショーケースを備えていましたが、そのうちのひとつは隠し扉になっており、私的に訪れるお客様のプライバシーを守っていました。

2012

パリのグラン・パレにて開催の「アンティーク ビエンナーレ」に出展。

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カスティリオーネ伯爵夫人

「女神」の異名をとったカスティリオーネ伯爵夫人は、当代随一の美女として知られていました。このミステリアスな美女は、ヴァンドーム広場26番地にあるノセ邸の中2階に15年間暮らし、この建物をフレデリック・ブシュロンと共有していました。彼女はことのほかブシュロンのクリエイションを愛し、瞬く間にメゾンの最重要顧客の一人になったのです。

ナポレオンIII世を始め、誰もの心をとりこにした伯爵夫人は、彼女に夢中の男性たちから贈られたジュエリーに身を包んでいました。この世のものとは思えない美貌が太陽の光で損なわれることがないように、夜しか外出せず、ジュエリーで美しく飾ったその姿は、ヴァンドーム広場の薄明りの中で輝いていました。
一人きりになるとまばゆく煌めく宝石の、魔法のような輝きにいつまでもうっとりしながら、自身のジュエリーをいつまでも眺めていたと言われています。

2011

高貴の象徴である白鳥が、優雅に羽を広げた姿で、ブシュロンの豊かなアニマルコレクションに加わる。

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ウラジミール

ジェラール・ブシュロンの飼い猫ウラジミール。
彼はヴァンドーム広場のブティックにいつも姿を現し、まるで自分の庭のように宝石やジュエリーの間を歩き回っていました。ヴァンドーム広場26番地の邸宅の中で、ウラジミールの存在は本当の家をイメージさせました。幸運を招く猫と呼ばれた人懐っこいこの猫は、顔見知りのメゾンの顧客たちに優しく撫でてもらうのが大好きでした。
ブシュロンのコレクションに登場する動物たちは、ウラジミールのように暖かみがあり優しい表情をしています。

2010

ブシュロンとジラール・ペルゴとのコラボレーションによる、ハイジュエリー タイムピース「トゥールビヨン レディホーク」を発表。

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よろこびの時

1785年、時計師ルソーが、パリの子午線にぴったり合わせた、新種の日時計を発明しました。この日時計によって、正午に腕時計や置時計の時刻を合わせることが可能でした。
当初パレ・ロワイヤルの庭園に設置されていたこの日時計は、アーケードの下にあったフレデリック・ブシュロンの最初のブティックに、毎日光を反射していました。日時計の台座には、「Horas non numero nisi serenas(私はよろこびの時だけを刻む)」と書かれていました。時間と人生についてのこのメッセージに魅了されたフレデリック・ブシュロンは、これを自分のモットーにしました。
メゾンの初期の作品はこのモットーを拠り所にしています。フレデリック・ブシュロンは「よろこびの時」を刻む時計師でありたいと願い、この表現を人生の讃歌にしたのでした。

2008

パリのプティ・パレ美術館にて、創業150周年を祝いました。

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ヴァンドーム広場

フレデリック・ブシュロンは、最も美しい光があたる場所、ヴァンドーム場26番地にブティックを構え、アトリエも同じ場所に引越しました。
時代を経るにつれ、ヴァンドーム広場はパリの中心地となりました。世界で他に例のないサヴォワールヴィーヴル(生活様式)、サヴォワールフェール(受け継がれるノウハウ)、フランス流エレガンスのショーケースです。

2005

繊細でキュートなハリネズミが、メゾンを代表するモチーフ「クル ド パリ」に身を包んだリングに姿を変えて、ブシュロンにとって大切なアニマルコレクションの一員に。

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ロック クリスタル

1858年の創業以来、様々な素材を追求し続けてきたブシュロンは、希少な宝石のほかエキゾチックな素材にも関心を持ち、ラピスラズリ、コーラル、ヘマタイト、オニキス、麻、スネークウッドなどをコレクションに加えてきました。
1980年代には、ロッククリスタルがお気に入りの素材のひとつになり、メゾンのハイジュエリーコレクションに欠かせない素材となりました。ジュエリーやアート作品として彫刻されるロッククリスタルは、新しいスタイルの選択肢として今のメゾンの創作活動にインスピレーションを与え続けており、創業者のの限りない想像力を称えます。

2004

メゾンのアイコンコレクション「キャトル」を発表。

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パリ ダムール

愛(アムール)は存在しない、「愛の賭け(パリ ダムール)」だけが存在する…。
ブシュロンは、純粋な愛からインスピレーションを得て、160年以上の間、本物の愛の物語を刻み続けていますブシュロンにとって愛はアート。エモーショナルで絶えることのない愛は、自由の中で生まれ情熱で育まれます。ブシュロンは、そんな愛の絆で結ばれたカップルに寄り添うジュエリーを作り続けてきました。

2003

女優エヴァ・ガードナーの永遠の魅力へのオマージュとなるコレクション「アバ」を発表。

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デリラ

ロシアの皇太子ニコライII世は、あるパーティーの途中、イギリスのヴィクトリア女王の孫に当たるアリックス・フォン・ヘッセン=ダルムシュタットが落としたシルクのスカーフを拾ったとき、彼女に一目惚れしました。この素晴らしい瞬間を永遠のものにするために、ニコライII世は数年後、妻への永遠の愛の象徴として、スカーフのしなやかさを貴金属で表現したゴールドのネックレスをフレデリック・ブシュロンにオーダーしました。それ以来ブシュロンは、ゴールドをしなやかでなめらかな布のように細工し、ゴールドの糸で織り上げたかのようなジュエリーに仕上げています。

1988

ジャックマール=アンドレ美術館での大回顧展とともに創業130周年を記念し、初めての香水を発表。

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ナチュール トリオンファント

自然はメゾンにとって尽きることのないインスピレーションの源。ブシュロンでは創業当初からすべてのコレクションにおいて、自然の多様性や完璧なまでの美しさ、豊かなシンボルに着想を得て、様々な素晴らしい作品を創り出してきました。
メゾンのジュエリーの歴史において、自然は「ありのままの力強い自然(ナチュール トリオンファント)」として、独自の姿で表現されてきました。人の手を加えられ可愛くアレンジされた花はありません。
ブシュロンが表現する自然は自由で誇り高く、生き生きとしています。真の自然の中にこそ称賛すべき美しさががあります。ヴァンドーム広場26番地のアトリエで創られたアイビーやパンジー、麦は、夢と現実が象徴的に融合しているのです。

1973

日本で最初の店舗をオープン。
有名な北斎の『富嶽三十六景』の中の『神奈川沖浪裏』へのオマージュとされる1910年制作のこのティアラは、日本美術の影響を表す代表例。

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プリュム・ドゥ・パオン

クジャクの羽根のモチーフがブシュロンに現れたのは、1866年。そのグラフィカルな構造と軽快なエレガンスからは、ジュエラーの心を捉える魅力が感じられます。
1883年にフレデリック・ブシュロンとそのアトリエを率いていたポール・ルグランが、クエスチョンマークネックレスを考案したのも、ふたりがクジャクの羽根で遊んでいた時でした。

モダンな嗜好で知られるアレクセイ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ大公爵がすぐにこのネックレスを買い求めたのも当然でした。それ以来、この素晴らしいクジャクの羽根の新しいデザインは、ハイジュエリーのコレクションを美しく飾り続けています。

1968

「セルパン」コレクションの最初の作品を発表。
無限の象徴であり守り神ともいわれるスネークをモチーフとし、進化を続ける「セルパンボエム」は、メゾンを代表するコレクションの一つに。

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エディット・ピアフ

1948年、「愛の讃歌」を作詞した後、この歌を初めて歌うときに幸運が訪れるように、エディット・ピアフはブシュロンで「リフレ」ウォッチを購入しました。そしてこの歌が大ヒットした後、彼女は「リフレ」ウォッチを幸運のお守りとみなしました。
1949年から1963年までの間に、ピアフは21個以上の「リフレ」ウォッチを購入、そのうちのひとつを生涯の恋人マルセル・セルダンに贈りました。

1947

最初の「リフレ」ウォッチを発表。

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イラン国家の財宝の鑑定

1930年、ルイ・ブシュロンはイラン国家の財宝の鑑定をイラン国王から委任されました。それはルイ・ブシュロンがそれまで目にしたことがなかったような、信じられないほど見事な宝石と類稀なオブジェで構成された、世界で最も夢のような財宝でした。その中には、全体が宝石で覆い尽くされたゴールド製の玉座や、51,336個の宝石をセットした地球儀などが含まれていました。
ルイ・ブシュロンが何か月もかけて行った評価の結果は秘密のままであり、永遠に公になることはないでしょう。
ルイ・ブシュロンと彼の子孫たちは、今日なおテヘランにあるこのイランの財宝の公式な管理者になっています。

1930

イラン国王がブシュロンに王家の宝飾品の鑑定を依頼。これを機にブシュロンはイランの国宝の公式な管理者となった。

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パティアラのマハラジャ 

ヴァンドーム広場で最も見事なオーダー。
1928年8月、パティアラのマハラジャがダイヤモンド7,571個、エメラルド1,432個など、宝石がぎっしり詰まった7個の大きなケースを持った従者を伴い、ヴァンドーム広場26番地に姿を現しました。ブシュロンの名声、さらにはブシュロンがインドとの間に結んでいる強い絆に心惹かれたマハラジャは、自身の財宝に含まれる数千個のダイヤモンド、ルビー、エメラルドを用いて、149点のジュエリーをブシュロンに注文しました。これは現在のところ、ヴァンドーム広場でなされた最も大規模で並外れたオーダーになっています。

1921

後にエリザベス皇太后のお気に入りのジュエリーの一つとなる、ダイヤモンドのティアラを創作。

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クエスチョンマーク ネックレス

1883年、ブシュロンの忠実な顧客だったアレクセイ大公爵が、エメラルドとダイヤモンドで飾られた素晴らしいプリュム ドゥ パオン ネックレスを購入。その大胆なフォルムから「クエスチョンマーク」の名前が付くようになりました。


留め金なしにデコルテに着けられ、身に着けた女性を飾るだけでなく解放することにもなったのです。フレデリックとそのアトリエを率いていたポール・ルグランが考案した非対称的なこの作品は、それまでにないモダニティを表現しており、1889年博覧会で金賞を受賞したコレクションの一部となりました。

1909

ルイ・ブシュロンがインドを初訪問。
宝石の買い付けとジュエリーの販売のためのこの旅は、後のブシュロンのハイジュエリーの創作に大きな影響を与えることとなった。

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クチュール

両親が繊維業を営んでいたフレデリック・ブシュロンには、子供時代からの布地への想いがありました。
素材の繊細さを熟知していた彼は、慣れ親しんだ布地やレースと同じしなやかさを表現するために、ゴールドや宝石を加工しました。
クチュールのテーマからインスピレーションを得るブシュロンは、タイムレスなハイジュエリーのコレクションを通じて、明日のクラシックを生み出しています。

1903

ロンドンのニューボンドストリートにブティックをオープン。
ニューヨークにオフィスを開設。

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構造とデザイン

完璧な幾何学模様とアールデコのピュアなラインを用いることで、ブシュロンは常に抽象的な表現を追い求めてきました。
160年以上の間、正確なプロポーション、高貴な構造、荘厳なフォルムを追求し続けていることが、ブシュロン作品の芸術性に影響を与えています。

1900

パリ万国博覧会にて金賞を獲得し、アール・ヌーヴォーの先駆者としての地位を確立する。

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グランド オリゾンタル

ブシュロンのアトリエで生まれるジュエリーは、創造的で大胆。パレ・ロワイヤルのブティックには、美しくファッショナブルな女性たちが多く訪れました。
美しくミステリアスな彼女たちは、宝石やパールに心を奪われ、恋人や光輝いていた時代の思い出のしるしとして、それらを集めたのです。

1897

モスクワに最初のブティックをオープン。同店は1911年にサンクトペテルブルグに移転。(モスクワ店は2003年に再オープン)。

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ロシア皇帝ファミリー

1860年から40年近くものあいだ、ロシア皇帝ファミリーはブシュロンの大切な顧客であり続けました。
マリア・ニコラエヴナ大公女、マリア・アレクサンドロヴナ皇后、アレクサンドル3世、さらにはアレクセイ大公爵も、パリに来た折にはブシュロンに立ち寄り、ジュエラーの名をロシア宮廷に知らしめました。
こうして、フレデリック・ブシュロンは1897年、初めての海外ブティックをモスクワに開くことにしたのです。

1893

ヴァンドーム広場26番地に出店し、アトリエを移転。広場に拠を構えた最初のハイジュエラーとなる。フレデリック・ブシュロンは、当時、中二階に住んでいたカスティリオーネ伯爵夫人とこの建物を共有していた。

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アニマル

創業以来、ブシュロンは美しい動物のコレクションを制作し続けています。この分野の先駆者であるブシュロンは、自然のポジティブな力を感じ取り、尽きることないインスピレーションの源としています。
単なるジュエリーである以上に、動物を象ったジュエリーは守護の力を持つお守りです。実在する動物も神話上の動物も、それぞれが意味を持ち、丁寧に名前が付けられています。
こうしてブシュロンの動物たちはユニークで類まれな存在になるのです。

1889

パリ万国博覧会に、「クエスチョンマークネックレス」を出品。以降、このネックレスのスタイルは、メゾンの定番に。

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王家の宝飾品

1887年、当時「世紀のオークション」と呼ばれた、世界一有名なジュエリーのオークションのひとつがルーヴルで開かれました。それはフランス王家の宝飾品のオークションでした。
世界中の名門ジュエラーたちの中で唯一のフランス人だったフレデリック・ブシュロンは、それぞれ18カラットと16カラットの有名な「マザラン」ダイヤモンド、さらにはオークションで値段が高騰したウジェニー皇后の見事なダイヤモンドのひとつを落札しました。
フレデリック・ブシュロンがこの豪華な宝石を落札したという噂が流れたとき、パリ中が本当の注文者は誰なのかと尋ね合いました。実はフレデリック・ブシュロンは、リングに仕立てて、永遠の愛の証として妻ガブリエルに贈るために、このダイヤモンドを手に入れたのでした。
以来ブシュロンは、愛のジュエラーとして知られ、恋に燃える男性たちがエンゲージメントリングを選びに来ることが伝統になっています。

1887

フランス王家の王冠のダイヤモンドがオークションに出品され、フレデリック・ブシュロンはフランス人でただ一人の落札者に。
その後、王家の宝飾品のスタイルを踏襲した数多くのジュエリーが創作されることとなった。

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マッケイ夫人

1876年から1902年までの間にメゾンの注文台帳に102回もその名が登場するアメリカの富豪、マリー=ルイーズ・マッケイは、メゾン ブシュロンで最も印象的なオーダーのひとつに数えられるオーダーを行いました。
ある日、特にこれといってはっきりとした希望なしにブシュロンを訪れた彼女は、ただ類稀な宝石を、とだけ求めました。彼女の深いブルーの瞳に注目したフレデリック・ブシュロンは、彼女の瞳の色を思わせる最高に美しいサファイアを秘密裏に探しました。最終的にネックレスに仕立てられた159カラットのカシミール サファイアはマッケイ夫人を魅了しました。当時の人々に、世界一美しいサファイアを所有しているのは彼女だと言われるほどでした。
フレデリック・ブシュロンはその当時既に、宝石やジュエリーの美しさは、何よりも女性の美しさを際立てるためにあるということを理解していたのです。

1878

パリ万国博覧会において、ブシュロンによる一連の作品がグランプリを受賞。中には、マリー=ルイーズ・マッケイのために創作した、159カラットのサファイアがセットされたネックレスも含まれていました。
ブシュロンのアーカイブに、スネークをモチーフとする最初のデザイン画が登場。スネークは今なお、メゾンを代表するモチーフの一つ。

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フレデリック・ブシュロン

1831年、フレデリック・ブシュロンは繊維業を営む一家に生まれます。まだ若いフレデリックは、一家の伝統を離れジュエリーのブティックをオープン。素材の繊細さを熟知していた彼は、子供時代に親しんだ布地やレースと同じ柔軟さでゴールドを扱うことにします。その試みはすぐに成功し、パレ・ロワイヤルのブティックにはパリ中の顧客たちが集いました。1893年、ヴァンドーム広場に初めてブティックを構えたジュエラーは、世界で他に例のないサヴォワールヴィーヴル(生活様式)、サヴォワールフェール(受け継がれるノウハウ)、フランス流エレガンスのショーケースとなりました。時代を先読みするフレデリック・ブシュロンの能力は、ジュエリーの身に着け方も変えました。彼の成功は国境を越え、各国王室やハリウッドの有名スターからも注文を受けました。

1867

フレデリック・ブシュロンが、パリ万国博覧会で革新的なジュエリーを発表し、金賞を受賞。

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セルパン

セルパンボエムは、ミステリアスな雰囲気を纏っています。個性的な女性たちを惹きつけフェミニニティに火をつける魅惑的な美しさ。

メゾンのアトリエが1968年に発表した「セルパンボエム」コレクションは時代を超え、ブシュロン作品のクラシックとなりました。

ゴールドビーズで囲まれたドロップが控えめに表現するスネーク(セルパン)は、センシュアルなうねりを描く身体を現わします。

このコレクションはブシュロンの自由で大胆なエスプリと革新性を体現するものです。

発表から50年が過ぎた今、セルパンボエムは、パヴェダイヤモンドに彩を添えるカラフルな宝石とともに進化し続けています。

1866

自社アトリエを開設。

Les Moments B

創業160年

2018年、ブシュロンは創業160周年を祝福します。
フレデリック・ブシュロンは、1893年にグランメゾンハイジュエラーとして初めて、パリのヴァンドーム広場にブティックを構えました。
自由で大胆なスタイルで世界的に知られるブシュロンは、これからも特別な宝石をセッティングしたジュエリーで、常に女性たちの心を魅了し続けます。

1858

フレデリック・ブシュロンが、当時パリの高級品取引の中心地であったパレ・ロワイヤルに最初のブティックをオープン。

ニュースレター from ヴァンドーム広場26番地

メゾンのニュースやイベント情報をいち早くお届けします。ヴァンドーム広場にブティックを構えた最初のハイジュエラー、ブシュロンの世界へようこそ。